巻き添えを食った人。
1/15>>4/15 鳥居江利子

あー……。

あーあーあー。
あああ!もう!もう!
なんだなんだなんだ。いったいなんなんだ!
いやなんなのかはわかってるんだけど!

憔悴した聖と、消沈してる蓉子と、二人の間に流れる微妙な空気と。
どこかそわそわ落ち着かない祥子と受験で不在がちの薔薇様たちと。
学期の始まりのこの忙しい時期に。本ッ当に嫌になる。
私が苛立ちながら書類の項を乱暴にくると、横で令が顔を引きつらせた。

……そんなに怯えなくていいわよ。
今はヒステリーなんか起こしたりしない。そんなことする前に腑抜けになってる二人にかわってやることがいっぱいあるから。

全く何が次期薔薇さまだ。たかが失恋で笑わせてくれる。
二人していつまで呆けてるつもりなのよ。お正月は終わったでしょ?新しい一年が始まってるのよ?特に聖。その髪の毛をばっさり切った決意はどこに行ったのか聞きたいわ。
視線にぐっと力をこめて蓉子と聖を交互に睨んだが、物思いに沈んでいる二人はぴくりともしなかった。悲惨なほど敏感になってことあるごとにビクついてる令を少しは見習ってほしい。

忌々しいけど忌々しいけど忌々しくて仕方がないけど仕方がないから今は私が仕事は全部やってあげる。そのかわり来年の春とかになって持ち直したら見てなさい。おもっきりこのツケを払ってもらうから。

……そうだ。春。
春だ!
はやく春こないかな!春になったら暖かくなって、明るくなって、天気は良くて、桜は咲いて、この陰気に締め切ってる窓もあけて、新しい風が入ってきてを新入生が入ってきてなにもかも、ぬぁぁああにもかもを吹っ飛ばしてくれないかなあ!クリスマス以来ずっと陰気な顔をしてる二人も元に戻って、全部ではないけど元に戻って、薔薇の館でおいしい紅茶が飲める日が来ないかなあ!
春!春!春!
はやく来なさいよ春!春春春春!春〜春〜それは春〜。
「令。ここ間違ってる」
「あ……す、すみませんっ」

つまんない。どうせ春とかまっだまだ来ないし。
その前に卒業式あるし。三月になっても二人がこの状態だと卒業式はいったいどうなってしまうかわかったもんじゃないし。頭が痛い。今までの人生でこんなに先が思いやられるのは初めてかもしれない。
あーあ。今から全裸になってテーブルの上でシャダバドゥビドゥバって踊りだしたら聖と蓉子ももうちょっとしゃんとするだろうか。いやでも祥子と令まで使い物にならなくなったら困るからそれはやめておくか。それに私が退学処分になってしまいそうだ。
ひとつひとつこなしていって、ひとつひとつ見守っていくしかない。私のスタイルには合わないけれど。



——なんてことを思っていたのはちょうど3ヶ月前。
二人の復調は私が考えていたよりずっと早くて、去年度の卒業式の準備は三人一緒に問題なく済ませることができた。それでも一時期本当に大変だったのは事実だし、やっぱりツケはきちんと払ってもらおうと隣に並んで歩いている蓉子を見て思った。

「風光る、って言葉と意味、知ってる?」
「言葉は知ってるけど意味は知らないわ」
「木々の若葉が陽光に輝きながら、風を通すさまを表しているのよ」
「へえ」

私が望んでいた春は来た。
私が考えていたよりずっといい形で。

校内の木々を見上げる。なるほど。風光る。いい表現だと思う。
でもどうも風が光りすぎている気がする。
そう思ったとき涙が一筋流れ落ちて、視界が光りすぎていたのはそのせいだと気づいた。
突然の落涙に驚いて目を見開いている蓉子の無防備な表情が少し可愛い。
「ど、どうしたの?」
「別に。……色々あったけどよかったなぁと思ったのよ」

私達は無言で薔薇の館に入る。
開け放たれた窓からの太陽のにおいと、並べられたカップからの紅茶の香りが部屋を満たしていた。

「聖は?」
「さあ。どうせまたどこかで道草食ってるんじゃないの?」
「ま、そのうち来るか」

カーテンが風にそよいで清冽な新しい空気を部屋のなかに運んでくる。
その空気をもっと感じたくて窓際に立った私は、薔薇の館に向かって軽やかな足取りで歩いてくる聖の姿を見つけて、また無意味に風を光らせてしまっていた。
「なんか、今日はダメかもしれない」

「五月病にはまだ早いんじゃない?」
もう机に向かって書類をこなしている蓉子がおざなりに言ったその台詞がなぜか妙におかしく思えて私は笑う。しばらくしてやって来てビスケット扉をあけた聖が、笑っている私の顔を見て怪訝な顔をしたのがまた面白くて、今度は声を出して笑ってやった。

笑ってやった。
二人ともを。
そして私自身を。
「薔薇さま」になった三人を。
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