肩凝り肩もみ

「ごきげんよう!」
「ごぉきげんよほぉー……」

ビスケット扉を開けると机にぐったりと突っ伏した白薔薇さまが気の抜けた挨拶を返した。いつもは遅れ気味に来る人なのに私より早いなんて珍しい。

「どうしたんですか、白薔薇さま。そんなだらしない格好しちゃって」
「いやー久々に全部の授業起きてたもんだから肩が凝って凝って」
ぐるぐると腕を後ろにまわしたり首をまわしたりして、うーんとか唸りながら肩を抑える白薔薇さま。
「……おばあさんみたいですよ」
「えー!祐巳ちゃんひどおーい」
そんな酷いことを言う子に育てた覚えはないのにぃーとか言いながら、私の腕にすがるように抱きついてくる。

「ちょっと、白薔薇さまっ、お茶の用意ができないので離してください」
「だってえー祐巳ちゃんがオバサンくさいとか意地悪いうからー」
抱きつかれた手のひらにちょうど胸が触れるような、ひじの内側の敏感な部分に柔らかい頬や唇や吐息
が触れるような、絶妙な配置。腕をとられてるだけなのに妙にドキドキするなぁと思ったら。さすがセクハラ女
王様だなぁそれに柔らかいなぁ豊満であらせられるなぁ……なんて感心してる場合じゃない。このままだとま
た変な気分になってしまいそう。
お茶の用意お茶の用意。祥子さま祥子さま。胸の中で念じる。精神集中。

念じてる間にさらに肩にまで手を回し始めようとした白薔薇さまを鉄の意志で押しのける。
「白薔薇さまっ、離してください!お茶の用意と祥子さまが」
「ちょっとくらいいいじゃーん」
「ダメです!」

少しきつく言うと腕にぶらさがっていた重みがふっと抜けた。
「……そんなに嫌?」
声色の変化におや?と思って窺うと、肩口から上目遣いにこっちを見上げる白薔薇さま。
うっすらと潤んだ瞳と少し傾げられた首。彫刻のように端整な顔に少しだけあどけなさを浮かべ、どこか小さ
な迷子を思わせるなんだか守ってあげたくなる表情を形作っている。

う……。こ、これに目を合わせたら危ない……!
今まで何度騙されてきたことか。もう10度目くらいの正直だからさすがに学習。プイとそっぽを向いて、腕
組みなんてしながら、私はノーと言える日本人!
「い、嫌に決まってます!」

「……そうだよね、肩凝りのおばさんくさい上級生なんて嫌だよね……」
「……え?」
「こんなのにまとわりつかれたくないよね……」
「あの……」
「おばさんくさい、かぁ……この年で……」

はぁぁぁ、とこれ見よがしにため息をついて項垂れる白薔薇さま。もう完全に私の腕は離して、なんとも言え
ない曖昧な表情で微笑しながらこちらを窺って言う。
「ああ……祐巳ちゃんお茶の用意でもなんでもしたら?手伝ってあげたいけど、おばさんはちょっとショックで
 動けないからさ……あと年のせいもあるし?すまないねえ……」
すぼめられた肩が哀愁を誘った。

「あ、あの、そんなつもりじゃあ」
「そんなつもりもどんなつもりも私は肩凝り性のおばさんだけど?」
「……あ、あとで肩は揉みますから……」
「いいよいいよ、気を使ってくんなくても。事実だし」
「揉みますから!10分でも20分でも!」
「……そんなに揉んだらおばさんの加齢臭がうつっちゃうよ?でもできれば30分くらい揉んで欲しいなぁ」
「揉みます!30分でも!それに白薔薇さまはおばさんくさくもないです!」

そこまで言うと白薔薇さまは急に表情を変えてにっこりと笑う。
「わあ30分も?本当?嬉しいなぁ祐巳ちゃんはやっぱり優しいねえ大好きだよ愛してるよじゃあお茶の用意
 が終わったらお願いねー」

……次で11度目くらいの正直になるのかな。
自分に呆れるような、でもこんな状況を少し好ましく思ってしまうような、不思議な気持ちになりながらとり
あえず言われたとおりにお茶の用意を先に済ませる。……間に、少し質問。
「ところで白薔薇さま」
「ん、なに?」
「おばさんになるとカレーの匂いがするんですか?」
「え、なんで?カレー?」
「だって、さっきカレー臭って……」
食器が触れ合うカチャカチャという音に混じって大きな笑い声が薔薇の館に響いた。

————。
トントン叩いたり、ひじで押したり、指にぐいっぐいっと力を込めたり。
「……うーん、そこそこ、あぁー効くぅー」
そんな声出したらやっぱりおばさんみたい……と思ったけれど今度は黙っておく。

「ほんとに凝ってたんですね」
「うん。心配症だから。祐巳ちゃんが祥子にいじめられてないかと思うと夜も眠れなくて……」
およよ、と泣き真似。
「余計な心配しないでください。それにお姉さまはお優しいんですから」
ちぇっ、と舌打ち。

ぐいっぐいっ、ぐいっぐいっ。
だんだん凝りがほぐれてきた。セクハラ癖も懲りてくれるといいんだけど……。
「それにしても祐巳ちゃんもむのうまいねえ。お母さんが凝り性だとか?」
「そうなんですよ。おかげで小さいころからよくもまされて……」
「じゃあ遺伝で祐巳ちゃんも凝り性だったりしない?」
うーん、そういえば。自分ではあまり意識しなかったけど最近は確かにときどき肩が重かったりするかもしれない。
「少しは凝ってるかも……」
「そっか、じゃあ私はもう十分だから祐巳ちゃんもんだげるよ」

「え、そんなこと白薔薇さまにさせるわけには」
「いいからいいから。交替交替。ささ、お席にどうぞ」
「はぁ……」
強引さに流されるままに腰かけると、白薔薇さまが椅子をテーブル側に詰める。胸が半ばテーブルに押し付
けられるほどだ。

「白薔薇さま、ちょっと苦しいんですけど」
「んー?気にしない気にしない。これくらい詰めるほうが姿勢が良くなっていいんだよ」
「そうなんですか……?」
どこか釈然としないながらも、じゃあお願いしますと前に首を傾けた。

ぐいっ、ぐいっ。
「お、祐巳ちゃんもけっこう凝ってるねえ」
「そうですか」
「祥子の相手とか連日の会議前の準備で疲れてるんじゃない?」
確かに食い込む指が気持ちいい。少し前に祐麒にもんでもらったときはちょっと力を入れただけでも痛かっ
たのに。まあ力加減の問題もあるのかもしれないけれど、やっぱり最近少し疲れてるのかな。

「二の腕ももんだげるね」
「あ、お願いします」
ふにふにとした感触が腕を包む。白薔薇さまはマッサージもとてもうまいみたい。戸惑いながら椅子に腰掛
けたのに、あまりの心地よさにすっかり身を任せてしまっている。もしかしたら私に肩を揉んでくれといったの
はただの口実で、本当は最近少し疲れ気味な私を労ってくれて最初からこうするつもりだったのかもしれない。
さすが白薔薇さまだなぁ。そつがなくて、さりげない優しさ。
少し感心する。私もこんな風に優しくなれるといいな。すぐ顔に出ちゃうからまだまだダメだけど。
なんて心の中で誉めた矢先に……。

「ところで祐巳ちゃん、二の腕の柔らかさはその人の胸の柔らかさっていう俗説があるんだけど」
「……へ?」
「祐巳ちゃんの胸はきっとこんな感じにぷにぷにしててやわらかくて気持ちいいんだろなぁ」
「ロ、白薔薇さまっ!」
前言撤回!セクハラが目的だったのかとあわてて立ち上がろうとすると、白薔薇さまは後ろからガバッと覆
い被さってくる。

「おっと、どうしたのかな祐巳ちゃん」
「は、離してください!」
「えー、やだ。今更何言ってんの。余りにも惜しげもなくうなじを晒してくれるから、てっきりそういうことだと
 思ってもうすっかりそういう気になっちゃったよ、私」
「そ……そんな!だって肩を揉むからって」
「私はもむとは言ったけど肩だとは一言も言ってないけど?」
白薔薇さまは体をさらに前傾させて私に体重をかけてくる。テーブルがすぐ前にあって逃げ場のない私の背
中に、その柔らかくて豊かであらせられる感触が押し付けられた。

「だ、だましましたね……」
「人聞きの悪いこと言わないでよおー」
このからからと快活に笑う爽やかな口調に、全てがごまかされてしまいそう。
「もう、白薔薇さまったら……」
あと背中に感じる胸の感触……大きなぬいぐるみを抱いたときのような柔らかいものに触れた幸福感も、
私の抵抗を曖昧なものにしていく。

「うう、お姉さまになんと申し開きすれば……」
「そんな大袈裟な。貞操までは奪わないよ」
「て、ていそう?!」
「あっはっは。こっちこそ大袈裟だったかな。それより下向かないで。可愛い顔をこっちに向けて」
いつのまにか甘い香りの漂う髪が頬に触れるほど近くにある白薔薇さまの顔。血がのぼって、なんだかわ
けがわからなくなってきた……。

「こっち向いてくれないの?」
「だ、だって……」
だって、これ以上向いて瞳なんてみちゃったりしたらどうなるか……。
「もう頑固なんだからぁ」

一拍おいてふいに耳に感じる中途半端に暖かい変な感触。
中途半端に暖かい、ってなんだっけ。……あ、そうだこれは生温かいっていうんだ、私の頭もオーバーヒートしてそうとうポンコツになってるなぁ。うーん。
って「耳が生温かい」っていったいどういうこと?!

「わひゃあ!」
「おお良い声良い声。さすが怪獣の赤ちゃん」
「耳が!耳に!生が!」
「あんまり真っ赤になってたもんだから、さましてあげようとおもって口に入れてたんだよ?」
「くくく口にって……!」
うんそうだよ、なんていいながら白薔薇さまはまた耳を口に含む。
「ぅ……ゎ……」
事実を意識した今度は動けなくなって固まってしまった。

私が動かないのをいいことに、白薔薇さまは唇をはむはむと動かしはじめる。緩急をつけて圧迫される耳
の感触。鬢に鼻息がふっとかかって、毛がそよぐ。ときどき舌が動く粘液質な音も聞こえる。
「白薔薇さま……やめ……」
やっとそれだけ言ったところで、今度は今までの生温かさとは違う、しっかりと湿度を持った……というか濡れたものが耳の溝を這いまわる感触が。
「ひゃあああ!」

「もうー、祐巳ちゃんてば耳なめたくらいでそんなに反応しちゃってー。かっわいいんだから」
「ななななめる!?ダメです!私の耳なんて食べてもまずいですから!」
「いや、おいしいよ?それになめるだけで食べないから大丈夫だってば」
そうか、何も食べられてなくなっちゃうわけじゃないんだ……おいしいらしいし、それならもうちょっとくらい……
違う。

「ダ、ダメです!おいしくてもなめるだけで毒なんです、私の耳!」
「あはは、毒なんだ。じゃあいいや他のところにするから」
「他のところってそんなのもだめ——」
いいかける私を遮って、白薔薇さまは鎖骨から下の胸元にすすすと手をはわせた。
「二の腕と胸の感触が一緒、っていう俗説を確かめてみるね?」
「だ、だめって言って——ひゃうッ!」

「うーん。柔らかい」
制服の上から覆う感じで、ゆっくりと回される掌。触れられた途端に体がなぜか突っ張って抵抗できなくなっ
てしまう。
「あ……あ……」
ゆっくり、ゆっくり。円をかいていくのをなんとなくただ見つめるだけ。

「急におとなしくなっちゃてどうしたの?」
あいかわらずすぐ耳もとで鼓膜を震わせる白薔薇さまの声。その震えがなんだか体全体に広がっていくような……。
「あ、あ、あの……」
何か言おうと思って、目を合わせる。
でもその色素の薄い綺麗な瞳に見返されると、頭の中をまわっていた言葉達がどんどん薄れて消えてい
く……。もう何を言ったらいいのか全然わからない。

「む……むね、……て」
「胸と手?がどうかしたの?」
「あの、その……」
いっぱいいっぱいになって結局なにも言えずに私は目を逸らせて俯いてしまう。
「大丈夫?どうしたの?痛い?」
「痛くはないんですけど……も、もう何が何だかわからなくて……」

「……あああもうかっわいいんだから!胸と手、もっとだね!ガッテン承知!」
「ふえ?ちっ、ちがっ——!」
「今行くからね!直に!直接に!」
「きゃぁぁぁあああ」

白薔薇さまはずぼっと勢いよく私の襟から右手を入れた。
ブラの上からやわやわと少し触ったあとに、それを一気にずりさげる。
「きゃんッ」
ずりさげるときにふちが胸の先端をこすって、つい変な声をあげてしまった。

それを耳ざとく聞きつけた白薔薇さまは指でそこに少しだけ触れる。
「ひぁ!」
「祐巳ちゃぁーん。いっけないんだぁ、もうこんなにしてたんだ?少しなめて少し触れただけなのに」
白薔薇さまの指のなか、私の体の一部とは思えない固い何かが遊ばれている。キュッ、キュッと力をこめら
れるから、そのたびに体とあごが少し持ち上がって小さく声が漏れてしまう。
「敏感なんだね……私の指でそんなにひくひくさせちゃって。嬉しいなぁ」
「ち、違うんです……」

いちいち反応してしまうのが途方もなくみっともなく思えて、翻弄される体を必死に抑えつけ、白薔薇さまの
腕を掴んで止めようとがんばる。
「やめ……て、んっ、く、ださはぁ……い」
やっとの思いで腕を掴んだけれど、全然力が入らない。
すがるように添えられてふるふると震えているだけだ。でも私の手の動きを気にしたおかげで、とりあえず白
薔薇さまの動きは止まった。

「どうして?」
「は、恥ずかしいから……」
「嫌じゃない?」
こくりと頷く。嫌じゃない……けど嫌になりそうなくらいすごく恥ずかしい。
「恥ずかしくないよ。気にしないで。可愛いんだから」

喜色満面といった感じなのにどこか優しさも溢れる笑顔でにこにこしながら、白薔薇さまは手の動きを再び
激しくする。
「ふあっ、ああ……」
「こうやってね、下からすくいあげるようにするといいでしょ?」
脇の下の、胸がはじまるあたりから徐々に力が込められる指。私の少し汗ばみはじめた肌の感触を楽しむ
ようにだんだん中心に向かっていく。
「ゆっくりゆっくり周りをまわっていくから……。待っててね」

「ぅあ……くっ」
「祐巳ちゃん、すっごいどきどきしてる……」
……確かに自分でもわかるくらい私の胸は高鳴っている。
再び先端に到達する指を意識して。
熱に倦んだ思考のなか、指先の動きと胸の高鳴りだけが把握できる事実だった。
宣言どおりにゆっくりゆっくり周って——敏感なところに近づいてくる指。

——。
「……ふあ?」
しかし期待していた突起への強い刺激はいつまでたっても訪れなかった。
指先は円を描きながら今度は先端から離れていっている。
戸惑って上目遣いに顔を見ると、白薔薇さまは苦笑した。
「そんな顔しないで……。わかってるから」

「……あぅ……」
「祐巳ちゃんの普段とは違うえっちな表情をもう少し見てたかったの。でも、もうすぐみんな来るからやっぱり
 そろそろいくね」
……みんな?

「っっぁああ!」
何かを思い出しかけた私の脳裏をかき消すように閃光が走った。
くちゅくちゅ、ぞぞぞという淫靡な音が耳のすぐ横で……というよりは耳のなかで鳴っている。きっとまた白
薔薇様が耳を……。

そう認識したところで胸の上にあった指も再び動き始める。
「んっ、ふ、ああぅ、あぁ……」
先端を目指して、脇からゆっくりとゆっくりと……。時には持ち上げるように、時にはおしつけるように強く、時
には触れるか触れないかほどに弱く、さまざまに感触と胸の形に変化を加えながら。

「ほらほら、もうすぐだからね……」
「ふぁ……い……」
囁かれた言葉のとおりに近づいてくる指先。自然と目をつぶって意識を集中させた。
最後に締めくくるように力が込められて、くにゅっと掌で胸が掴まれたのと同時に、先端も親指と人差し指で
強く挟まれた。

「……っっっぅくぁああアッ!」
視界が白んで、自分がどこにいるのかわからなくなる浮遊感が体を襲う……。



「……んぅ?」
ぼんやりと目をあけると由乃さんと令さまが見えた。
「あれ?」
きょろきょろとあたりを見回すと、山百合会幹部の面々が揃っている。
そしてこのテーブルと内装と紅茶の香りは間違いなく薔薇の館。
「……?」
さっきのは……夢だったのかな……。

「祐巳、しゃきっとしなさい」
横からかかる凛とした声。
「あ、は、はいすみません!」
「全く、早く来て準備するのはいいけれど、そのまま眠ってしまうなんて言語道断よ。次はありませんから
 ね。いつまでも惚けた顔してないの」
「ご、ごめんなさいお姉さま!」

祥子さまの厳しい叱責に晒されながらも別の用件で私の頭は混乱していた。
あれ?私ってば居眠りしてただけ?
やっぱりさっきのは夢……?夢なら良かった……けどあんな夢を見るなんていったいどうして——。

「祐巳?耳が濡れているわよ。よだれがそんなところにまで垂れたの?はしたない子ねえ」
「え?ええっ、ご、ごめんなさいいま拭きますッ」

慌てて耳を抑えながら白薔薇さまのほうを窺うと……すごくニコニコしながらウィンクまで返してきた。
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